ほぼ毎日更新するはずだったログなのに、超たまに更新。
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タケムラログ終了、移転。
タケムラログは本日で終了し、新たに雑考へ移転します。

2004年から2008年までやっていた百足館通信の記事と、
このタケムラログの記事を統合しました。

とはいえ、宝町通信(仮称)でも、写真とかは全部現在のタケムラログや百足館からのリンク表示になるので、これまでの旧ブログも置いておかないとダメなんですが、なにはともあれ今後このブログでの記事の追加はありません。
まーまだ名前もデザインも色々変えると思いますが、とりあえず。

しかし記事を整理していたら、ほんま色々昔は書いていたのだねえ。個人事業を始めたら昔のように自由に書けなくなってしまったんですが、やっぱ書かなくなった分、考えることも減ってるんかもなあとか思ったり。




阿波踊りとDNA


昨日、はじめて阿波踊りを見た。
ひとことでいえば、すごい。
そして、懐かしい。

おいらは、夏休みを子供時分は毎年島根の安来で過ごしていた。その夏のピークが、安来の商店街で開かれる月の輪神事というお囃子の響く静かなお祭りだった。東京から高知へ戻ってからも、なんかこの地味な祭りが好きで、よさこいを取るか月の輪を取るかで悩んだ覚えがある。近所のお寺では盆踊りなんかもあって、踊るのは嫌いだったけど、少し高い櫓から太鼓が鳴り響き、櫓の上から電球の線が四方にのびるその風景は子供ながらに「既に懐かしく」、写真も残っていないのにはっきりとその光景が身体にインプットされている。


月の輪神事

笛や和太鼓、鳴り物などのお囃子。その音の心地よいこと。これはいったいなんなのか。その単調だけどどこまでも続く音色で、ジワジワと身体の奥の方からトランス状態にもっていかれる、この不思議な感触。
阿波踊りから戻ってすぐTwitterで感想を書いていたら、@midoryza が「東北のお祭をみても、同じこと思うた。よさこいのこと。やっぱり生のお囃子の 音には本能的に反応してしまうね。日本人にとってのお祭の意味をいろいろ感じる。ほんで阿波踊り観にいきたい!と思った。よさこいの自由さは、土佐っぽいけどねぇ。」とRTしてくれた。
阿波踊りを見て思ったのは、「これは祭りだ」ということだった。高知でいえば夜須の盆踊りにこの成分は超色濃く残っているけど、お盆のこの時期に、何もかも忘れて(忘れさせられて)その音色に踊ったり、ただ心躍ったりすること、そのこと自体が祭りなんじゃねーのかと。夜須の盆踊りは会場が新しい公園になってしまって情緒がない感じにはなっているけど、盆踊り→花火という黄金コースは、まさにお盆の夜の「定型」のような気がする。
まあこれは、自分の安来でのお盆の体験も少しは関係しているのかも知れない。月の輪神事では、たぶんそれと同じ日に花火大会と灯籠流しがあった。対岸の米子の町の灯で照らされてその山容がくっきりと浮かぶ十神山と、その麓に広がる小さな港。球数控えめの花火は中海を照らし、幾つもの灯籠がその中海をプカプカと流れていく。お囃子と花火、灯籠流し。単調であったり静かであったりするけれど、その光と音の眺めっていうのは、10歳になるかならんかの子どもにとっても、なんか不思議な体験であり、なぜかいつまで経っても忘れられない風景になっている。まあ実際には相当暇でだだをこねていたんだけど、midoryzaの言葉を借りれば「本能的な反応」が30年近く経っても鮮烈な記憶として残っているようにも思える。

 
夜須の盆踊り(2005)


高知市内で暮らすようになってからは、周辺で盆踊りがあったような記憶もなく、お囃子の音を体験することは滅多になくなった。県内各地の神楽や農村歌舞伎で聞く和楽器の音色は一度見るとしばらく忘れれなくなっていたけど、祭りのお囃子とはどうにも違う。灯籠流しも、高知に来てからは見た覚えがない。
高知のお盆の文化ってなんなんだろうなとも、阿波踊りを見てしばし思ってしまった。高知へ戻ってきて以来13年、夏といえば「よさこい」で来ていたけど、そういえば死者を思う夜はあんまり感じたことがないや、とも。

お囃子の音はDNAを刺激する。本能を刺激する。徳島人は、この4日間のために働いているとよく言うけど、ほんまこりゃそうだわと思った。死者のことを思って踊っている人はさすがに少ないだろうけど、この祭りがお盆にあるということの持つ「意味」というものも、見ていてそこはかとなく感じた。そして、祭りとはこういうことを言うんだっていうのを、演舞場ではない路上で踊り狂う連の人々(演舞場のそれとは明らかに違う、やんちゃな音楽と踊り)、総踊りの後に人目も憚らずに踊る女子たちを見ていて、思ったのだった。




yummydance「ドロップス」
久しぶりにyummydanceの広報制作係に任命されました。
今回はいつもとうってかわってのしっとりモード。
松山のダンススタジオMOGAで、7/17-18の2daysです!




石巻、福島。


石巻は、少し市街地に入っただけで目を背けたくなる状況だった。
だいぶ片付けも進んだと聞いて行ったのだが、実際に石巻駅前付近から川沿いにかけて裏通りはほぼ被災直後のままのような風景で、表通りの店もほぼ全てが「深刻な」という言葉では言い表せないような被害を受けていた。また、少し低い場所にある路地は今も乾いた泥に覆われている状況で、信号も動いていない様子だった。この先はもうとても行けない。まともに降りることもできず、すぐに仙台へ引き返した。この道の先には街が消えた三陸がある。



今回の小旅で訪ねた仙台、松島、石巻。
これが高知だったらどうなんだろう。若林区の風景は南国や高知空港付近の地理条件と似ているし、石巻は高知市や安芸市、三陸は須崎や中土佐などと相通じる。もし連動型になったりすれば、救援の手は今回よりもずっと遅い。どー考えても、静岡や愛知、大阪などを優先せざるを得ない。そして高齢化も今よりずっと進んでいるだろうから、逃げ遅れる人がたくさん出てくるのは間違いない。また、県内の土木建築業界も相当小さくなっているだろうから、復旧の人役自体あまり工面できないかも知れない。2030年頃の想定人口は、県がほぼ60万人、高知市が30万人。その高知市も中心部〜東部が石巻のような被害(地盤沈下と長期浸水)を受ける。


高知の人間に限らず、今回の震災の被災地は見ておくべきだと思う。今回の仙台訪問、実際問題化していた「ただの野次馬」と同じかもと思い、行くか行かないかちょっと迷った。だけど、やっぱり実際に見ないと分からない。また、こと高知だと今回の震災はあまりにも遠い出来事だ。むろん間接的な影響はあちこちに出ているけど、放射能も含め「実感」していないことには、なんか「始まらない」ような気がした。実際、見てはじめて、被災地の余りの広さも、本当に何もかも根こそぎ奪っていく津波というものも、やっと実感できたような気がする。実感してなんなんだ、とも思うけど、実感せんとどうしようもないと思う、妙な感覚。
新幹線では、福島や郡山を通った。通っただけだけど、車窓から見る福島の風景はきれいで、もちろんたくさんの人が行き交っていた。街の東には山並みが見えて、その先には原発がある。何も普段と変わらない風景なのに、小学校のグラウンドは掘り返さないといけない。その山の向こうには、家があるのに家に近づくことができない人がいる。原発に近いところでは、もう山の管理をしばらく諦めないといけないところもあるという。これはなんなんだ?と思いながら、流れる風景を見ていた。




仙台小旅


実感しないとわからない。
スマトラの映像ではいまいち映像を「日本へ置き換え」することができなかった(スマトラの低い堤防だから津波を防御できないんだ的な見立てをまず脳内でしてしまっている)。ここ数年時々やってきていた津波も川を遡上したり港沿いの街が静かに海にのまれるという程度の映像観であり、過去の須崎湾を遡上する津波映像や宝永町あたりの壊滅的な被害写真などを見ていても、やっぱり「戦後まもなくのことでしょ」的な、「現代日本での置き換え不能」な映像観で見てしまってきていた。
それが今回、これから来るであろう災害に対する想像力を「広げすぎる」ほど、膨大な映像量が流れてきた。そこへさらに原発という目に見えない災害が続き、もう自分たちの街にどの事象も置き換え可能な映像観がすっかりできあがってしまった(それはそれで過剰な防災対策も出てきそう)。
仙台を実際に訪れてみると、やっぱりテレビやネットで見ている印象とは全然違っていた。仙台の町はもう普段の日々を取り戻しているように見えた。だけど、松島に向かうために仙台東道路に入った途端、すぐ右手の車窓一面に荒野が広がった。左手は仙台の町並みが広がり、右手は荒野。あらゆるところが砂や泥に覆われ、車と瓦礫と砂防林の大木があちこちに流れ着いている。海岸沿いにあった集落も流されて、海岸まで見通せてしまう。瓦礫や車は撤去できても、この泥を除去して街や田んぼとして復活させられるのだろうかと思ってしまう。その後訪れた街でも然り。
遠く高知から働きながら支援できることなんて、やはりあまりにもなさすぎると感じるし、実際に家を失ったり仕事を失ったり家族を失ったりというのもテレビだけではイメージできなかったけど、実際にその風景を見てしまうと、どこから立て直していくべきなのかさっぱり見当もつかないし、また何かをしてあげられる術もないように感じてしまう。
実際に自分たちにその日がやってくるとして、支援される側になった時に必要なことってなんなんだろうか。少なくとも現段階では知人でも中嶋さんらの取り組んでいる薪風呂の支援や栗田さんのお茶の発送、畠中さんらのお米の発送などがあるが、そういう生活の根っこに近い部分の支援というのが一番うれしいような気がする。
しかしその先はどうしたらいいのだろう。本格的な生活再建、仕事再建はお金をかければ治るというものじゃない。またこればかりは他所の地域がどうしたところでなんとかなるものでもない。むしろ他所の地域や国外への産業移転が進んだり、想定以上の人口移転で計画がうまく進まない可能性がある。
いずれ高知の沿岸集落でもこうした風景が広がる日が来る。その時、高知の主力産業である農業や漁業の拠点はどうなるんだろう。高知県の主要政策である地産外商の根幹にも関わる大問題だ。そう思うと、ある意味で、一体何のための仕事をするんだろうとも思うし、また同時にだから仕事をするのだとも思うし、よくわからなくなる部分もある。
だけど、、、仙台の牛タンは本当に想像を絶する美味しさだった。松島の煎餅もうまい。津波で壊れた店の隣で、なんとか再開した店もあるのだ。





結膜炎侮るべからず
 

予想以上に激しかった結膜炎の2週間を記録。
最初の一週間は特に外出も禁じられず水場の禁止と手洗いをヨクスルことだけを言われていたが、その1週間のうちに徐々に「岸部一徳」化が進展。この間は結構忙しくてアチコチしてたので、誰かにうつしていないかどうかがきわめて不安。いまのところそういう知らせは聞いてないので大丈夫だと思うけど、もしうつっている人がいたらごめんなさい。
悪化が始まってからは、眼科に行く以外は宝町すら出ていないという1週間ですた。


8月8日、花火大会の前日、突然に左目に不具合。
8月9日、右目ウルウル、目やにが止まらない。
8月10日、眼科へ。結膜炎の診断。銭湯とプールは禁止。その他の活動は特に止められず週末以降再診を勧められる。
8月11日、左目に症状が拡大。ウルウル止まらず、腫れがひどくなる。
8月12日、全く症状かわらず。共同通信取材を受けるも写真撮影は後日に延期。
8月13日、駅弁販売開始、午後は美術館でイチハラさんやオールライト工房さんと対談。ちょっとマシになってたが美術館のスタッフから「うさぎ」のようだと。
8月14日、ちょっとマシになってくる
8月15日、安芸。運転してたら気持ち悪くなる現象。夜は牧野へ行くも「岸部一徳病」と名乗る。元気でないのであまり人ともかかわらない。

8月16日、盆開け始業。嫁にも症状が出始め、2人で眼科へ。「あちゃー右目にうつっちゃったねー」ぐらいの感じで、治りかけてると思うみたいなことをいう。症状が全く良くならず伝染も不安なので仕事キャンセル開始。

8月17日、朝起きると左目の視力が劇的に低下。全体的に真っ白にぼんやりと見える。角膜にしわが寄ったり、なんかボロボロに崩れているのがわかる。とある委員会も欠席。カラダの元気がなくなり一日じゅう寝る。
8月18日、引き続き一日じゅう寝る。全く気力でない

8月19日、眼科へ。しかしそれほど細かい説明はなく、1週間程度で治るでしょうくらいの話。目薬を1日5回から1時間に一本に変更。仕事や打ち合わせ諸々キャンセル。

8月20日、来週からの土佐和紙研修もキャンセル。
午後、セカンドオピニオンじゃということで、新しく大津の眼科さんへ。流行性結膜炎から流行性角結膜炎の重症の診断。少し強めの目薬に変更。最初の眼科は人気のところで1.5時間待ちでしかもなんか適当診断、新しいところは30分で後遺症の可能性も含めて対策を指示。3-7日程度で治癒の見通し。
夕方から仕事再開するも左目が見えないのでかなり厳しい。文字がぜんぜんみえない。

8月21日、目の腫れがほぼ収まり、リンパの腫れもかなり引いてくる。視力はあまり変わらないが突然よく見えるときがある。
8月22日、視力もだいぶ復活気味。やっとデスクワークを復活するが細かい作業は無理。文字はなんとなく打ち込んでる感じだけど打てるようになっただけかなりまし。



おそるべし流行性角結膜炎。目に不具合があったらすぐに眼科へ!






オールライト工房。
昨日は昼過ぎから美術館でイチハラヒロコさん、オールライト工房のお3人ととーくしょー。
そもそも人前で話すというのがとても苦手なおいらにとって基本この手の時間はヒジョーにしんどい時間。
そもそもイチハラさんともオールライト工房さんとならんで喋るとゆーのも月とスッポンとゆーか、なんでおいらはここに座っているの?状態で不思議な時間でありました。でも、立ち上げて3年目になるオールライト工房の取り組みの全貌もわかり、イチハラさんの弾丸トークも目の前で聞けてシアワセです。

先月も土佐駅弁学会のフォーラムで尾崎知事学会員らと人前トークがあったわけですが、基本おいらはアタマの始動がきわめて遅いタチ。回転が遅いから文章の方が好きという感じで、文章で書けることも口ではうまく伝えられないと。でも出なさいといわれても断れず、みたいな。
あと、この手の仕事に移ってからとゆーもの、コンサル時代のように言葉で物事を処理したり、設計時代のようにCAD的に組み立てたりするよりも、絵とか模様とかで脳内処理することが増えたようで、ますます口で伝えることの難しさをヒシヒシと感じるようになったわけで。

で、最近気がついたのは、おいらの脳は基本的に回転がゆっくりで、何か刺激があるとそこから超ゆっくりと回りだし、90分くらい経過してきたらかなり早くなる(酒があると20分)ということ。そこらへんまで来るとだいぶ喋れるんですが、まあだいたいの場合そこらへんまでに終了してまさーな。


まあそれはそうと、夜開かれたgraffitiでのパーティでは、活版工房を開いた嫁とオールライト工房さんに引っ付いてたくさん話を伺いました。まずは3兄妹のキャラの違いに驚き笑い(お兄ちゃんがとにかく濃い。同年齢で親近感)、また活版印刷の魅力やこれからの課題など、イロイロたっぷり。
活版がつなぐ人とのつながり。活版だからこそできるつながり。実際おいらもオフセットから入って様々な人々の影響を受けながら活版や和紙に近づきつつあるけど、デザインとかそこらへんの行動が忘れ始めてる大事なことがそこらへんにあるのではないかと思う次第。

ちゅーわけで、東京の訪問先がまたひとつ増えた。秋に訪問予定。






SAILのiPhone 革カバーをオススメする。

卸団地の近くにあるSAIL
アトリエも兼ねた店内には
オーナーがひとつひとつ手作りした靴や財布などの革製品がたくさん並んでいて、
ヨーロッパの職人工房のような雰囲気。
おいらもここで買った名刺入れや靴を使ってるんだけど、
しっかりとしたつくりなんで長いこと使えるし
使えば使うほどなじんでいくその塩梅がいい。

で、そんな革製のiPhoneカバーをしばらく試用させてもらっていたんだけど、
いよいよ正式に発売開始と相成る模様。


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今読んでる本
取材のついでに本を買う。
ぱっと短めに読めそーなやつばかり。
新書とかの難しそうなのも買ったけどまだよう読んでない。
たぶん読まないで終わるんだろーな。
というわけで読みやすそうで読み始めたら実際数時間で読めたものたち。


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確定申告の季節
 

今年も確定申告の季節がやってきた
このときだけはWindowsを出してきてひたすら帳簿と向き合う日々
去年も一年よー働いたなーと思いつつ
今年からもっとしっかり会計を日々せんとあかんなあと思う。
これ毎年のことだけど。

貸方と借方とかやっぱいつまでたっても
いまいち感覚としてわからん
弥生会計がなければきっとどーにもならない。

今年はいろいろ事務所の体制が変わる予定なので
来年の申告からはさらにややこしくなりそーだ