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はりまや橋はBランクで。
▼需要が無いから決まらない
はりまや橋の交差点にパチンコ屋。
かれこれ数週間前のこと、朝刊でこのニュースを読んですぐに「まあ決まって良かったんじゃないの、むしろ」と、おいらは奥さんにショージキに言うた。

西武が無くなってからもう何年になるのかも忘れてしまったけど、「建ってもすぐ潰れちゃうんじゃ?」と正直誰もが不安に思っていたであろー商業施設も建つことなく、かといって博打のよーな投資を県内企業をするよーな余裕があるわけでもなく、まあながいこと誰も何もできずにながーいこと放置されていたのがあの土地だ。ホントに需要がある土地なら、次の用途はさっさと決まる。需要が無いから長いこと更地のままだった。
穴吹も潰れちゃったのでどーなるかはわからんけど、市内でマンションが乱立するのも高知遺産的にはどーかと思うけど、郊外の団地に移っていた引退間際の団塊世代の人々がこの先足腰が弱ることを見越して市内に帰ってくる、という需要があるからソコソコ売れていくわけで、この先見通しが悪すぎる商店街にとっても大きなチャンスがそこには眠っている(ただ店に座ってる商売という意味じゃなくて)。
だけど、西武跡地は何もなかった。最後に出てくるのはパチンコ屋じゃないのか?というのはもともと西武が撤退する当時から懸念されていた話だったが、撤退段階ですでにそれが懸念されていたというのは、実は多くの人があの土地にそれほどのポテンシャルが現段階ではないということをなんとなく認知していたということのあらわれなんじゃないかとも思われる。

まあ実際パチンコ屋になったとしても、あまりにも道路のアクセス状況が悪いし、敷地面積もそれほどあるわけではないから経営はいずれ厳しくなるんじゃないだろうか。なによりかにより出玉も相当厳しいだろうし、パチンコ・パチスロ自体4号機規制以降勢いが無くなっているから、やっぱり厳しい。
そう考えると、土地の扱いのことはよくわからないけど、いっそのこと分筆して分譲してしまった方が良いようにも思えるし、「人が集まる場所」とか「高知の顔になる場所に」ということなら、すでに出ている提案のように公園(むしろ防災公園として)にでもした方がよほどリスクが無い。

▼つまらない「橋」、面白い「橋の周辺」
ところで、果たしてはりまや橋は高知の顔なんだろうか?
高知県の観光統計は本当に不思議で、高知を代表する観光地のひとつであると称され続ける「はりまや橋」、高知を代表する祭りとされる「よさこい祭り」、高知にきた人誰もがホントに驚きはまっていく「日曜市」の入り込み客数が提示されていない。まあどれもこれも客数カウントがかなり難しいわけだけど、後者ふたつはそれぞれなんとなくの数字が出てるのを見たことはある(統計書ではなく)。まあ日々閑古鳥が鳴くさまをきんこん土佐日記でよく描かれるはりまや橋観光バスターミナルの惨状を見る限りいわずもがな・・・といったところだろうけど。
ここで疑問なのが、ふつうの場所なら、某かの投資をしようとすれば公共性とか投資回収といったことが官民問わず問題になるはずなのに、はりまや橋に関してだけはなんでかそういうことがあまり問われないということだ。いったいなにを根拠にはりまや橋に投資をしたり提言が出てきているのか、正直よくわからない。
はりまや橋も、確かに少なくとも40年くらい前までは高知観光の目玉の一つだったかも知れない。でも、もう40年間ずっとガッカリ名所の名前は返上できずにここまできている。そのことは、バスターミナルの惨状がはっきりと見せてしまった。なんか、もうそろそろそのことを直視した方がいいんじゃないか。

純信お馬の話もおいらは個人的には面白くて好きだ。そこからよさこい節の一番印象的な歌詞も生まれてるわけだ。龍馬も二人の駆け落ち騒動の頃は高知にいたはずだから、無理矢理物語をつくれなくもない。愛媛や琴平と組めば何かできるかも知れないわなあとも思う(マニアックだけど)。
それに、はりまや箸とかはりまや橋印鑑とか、人形のはりまとか、土佐のおきゃくの大宴会とか、はりまや橋の周囲で起きる様々な取り組みはどれもこれもかなり面白い。いずれ東京あたりのおみやげ特集とかで出てきてもおかしくないかもなーと思う。

▼歴史資料館の移転はなぜスルーされんの?
だけど、今回の騒動では、そういうこととはなんか無関係に騒がれている、そんな感じがする。とにかく「ここは高知の顔だと思うから、なんかパチンコ屋以外のもんをつくらんといかん」という流れにあまりにスムーズになりすぎている。
ちなみに、知事は今回の騒動での要望に対し、高知城からはりまや橋までを一体的に観光整備みたいなことを言うてたけど、その一番西で起きるのが、財務事務所か図書館跡地への歴史資料館移転だ。山内家宝物資料館はホントに宝の持ち腐れ状態になってしまっていて、地震や猛烈な台風が来たら文化財がおシャカになりかねないような状態だから、実はこれってかなり大きな話題なはずなのだ。それに、この場所は高知城・日曜市・ひろめ市場・よさこい祭り・商店街のすべてと絡む場所で、その立地や人の流れ、観光に与えるインパクトもかなり大きい。
だけど、なんかこっちの話題は普通にスルーされてる感じがする。元旦の記事だったというのもあるけど(だけど一面トップですよ)、高知の観光の顔を考えるならこっちの方がよっぽど全国に訴える力がある。龍馬だけでなく、山内家も含む幕末のエネルギー拠点であった高知をアピールする、めっちゃすごいチャンスだ。なのに、なんかスルー。

▼というわけで署名はしませんでした
今回のはりまや橋パチンコ屋騒動では、はりまや橋は今でも「高知を代表するAランクの観光地」という扱いだ。だけど、ハードに魅力がないことは駐車場がよく示してくれた。要は、高知観光の主力であるはずのツアー型観光からも見放されたということで、ここからわかるのは、もうみんな分かってたことだけど、はりまや橋はたくさんの客を受け入れるような場所ではもはやないということだ。
一方、橋の周囲で起きていることの多様さは、堀川から桂浜への遊覧船が頑張ってるとか、新堀川で龍馬のコスプレができるとか、そういうのと同じ「これからの高知の観光」を探る動きと同じで、たくさんの人を受け入れる事は出来ないかも知れないけど、はまるひとには思いっきりはまる可能性のある、とてもいい意味での小さな観光地づくりの試みに見えてくる。
結局、ひとことでいうと、はりまや橋はもう「Aランク」じゃなくて「Bランク」でやった方がいいんじゃないかということだ。「Aランク」であるなら「Aランク」なものを観光客は期待する。それが提供できないからいつまでもガッカリの冠を外してくれない。そうではなく、今の観光のムーブ自体がそうであるように、そして最近のはりまや橋周辺で起きる様々な取り組みがそうであるように、「受ける人には受ける、なにかがある」場所として、その場所に暮らす人や働く人たち自身のモノサシで繰り広げられる取り組みを楽しめるような場所にした方がいい。

もう「はりまや橋」という場所を売るのはやめた方がえい。傷口が広がるだけだ。


 
 



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